トラストシティニュース
2017.11/08
Gotenyama Creator’s File③ 笠原俊一さん
コンピュータ技術を使って、他者の目線で世界を見ると、人間はどう変わるのか?
そんな研究をしているソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の笠原俊一さん。
難しいお話を分かりやすく解説しながら、時々見せる親しみやすい笑顔は、実験好きの理系少年だった子ども時代と変わらないのかもしれません。
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ダイヤモンドを実験で作った!理系少年時代
ソニーCSLに入る前は、ソニーの本社の研究開発部署で仕事をしていた笠原さん。
「桜の時季は晴れていたら御殿山庭園や目黒川のほうをわざわざ通って歩いて移動していました。桜が好きなんです。花びらが落ちる様子を見ると、『この感じを表現するにはどうしたらいいんだろう?』とエンジニア的にそそられる」
そうした研究者としての目の付け所は、少年時代のエピソードにもすでに現れています。
「小学校5~6年のときの担任がいい先生で、夏休みの自由研究を推奨してくれたんです。その頃、植物に興味があって、なんで植物って上にしか伸びないんだろう?と気になっていたので、それを研究しました。貝割れ大根を使って、目が出た段階ですぐグッと下に向けてみたり(笑)。結局、光の反応によって生成する化学物質や重力の影響も受けて、原理的には下に向かって伸びる植物はない、という結果でした」
実験好きな笠原少年の科学への興味は、成長とともにさらに深まります。
「中学校のときの自由研究では、ダイヤモンドを作りたいと言い出しまして(笑)。当時『ダイヤモンドは作れるか』というような本が出ていたんです。条件をそろえて、自分が作った金属プレートの電球に電圧をかける…4回失敗したんですが、5回目で成功!近くの大学の研究室に『これダイヤモンドですか?』って持っていって調べてもらったら、本当にダイヤモンドが出来てました!!今でも実家に置いてありますよ」
応用物理学を学ぶために大学へ進学する頃には、笠原さんの興味の対象は、生物や結晶、自然界で起きていることだけでなく、人間へと広がり始めます。ロボットと人間との会話、コンピュータと人間がどういうやりとりをするかというテーマに出会い、ユーザーインターフェース分野(スマートフォンやデジタル機器、コンピュータを人間がどう操作するか)の研究ができるソニーに入社しました。ところが、みんなが当たり前のようにスマートフォンを操作できるようになり、「特別に研究しなくても…」という思いが生まれます。
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新しいテクノロジーが人間をどう変えるのか?
現在、笠原さんが取り組んでいるテーマは、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)などの新しいテクノロジーによって、人間がどう変わるのかということ。
「我々が世界をどう感じるか、我々が自分をどう感じるか。それをコンピュータ技術によって変えてしまったり、制御したり…ということを研究しています。ちょっと怖い話かもしれません(笑)」
他人が見ている視界で360度見渡せる『JackIn Head(ジャックイン・ヘッド)』や、自分が見えているものに加えて他人が見ているものも同時に見ることができる『Parallel Eyes(パラレル・アイズ)』など、独自のシステムを構築して実験を重ねています。
「『Parallel Eyes』はディスプレー内の画面が4分割されていて、1/4は自分のカメラの映像ですが、ほかの3つはほかの人の見ている視点の映像が映し出されます。一緒にいる4人が、全員が見ている目線を同時に共有できる。この状態で鬼ごっこすると、鬼から逃げる人は、鬼から見える自分の姿を見ながら逃げることになる。最初はすごく混乱するんですが、慣れてくると、うまい人はほかの人の視点をうまく使いながらゲームをするようになるんです」
テクノロジーを使って、他人の視点で見た自分を見ることで、人は客観的に自分の行動を見ることができます。自分では気づかなかったクセや姿勢を直したりと、新たな行動を作り出す。それがコンピュータの技術が私たちを変える、ということです。
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御殿山の森で、昆虫やコウモリの気分を味わえる!
「自分以外の誰かになってみたい、変身してみたい、他人が感じることを感じてみたい、って人間の根源的な欲求なんじゃないかと思うんです。スポーツ観戦や小説を読むことも、自分が体験できる以上のことを、ほかの手段を使って体験しようということなのかな」
という笠原さん。
「GOTENYAMA ART & TECHNOLOGY WEEK 2017」では、他の人間どころか、昆虫などほかの生物の目線で森を知覚できる公開実験を企画しています。
「人間ではない生物はどういう知覚世界で生きているんだろうということに興味があって。自分で音を出して反響させて距離感をつかんでいるコウモリ。あんなに小さいのに広い空間で動物を見つけ出すモスキート(蚊)。巣の真ん中にいても微細な振動で何かが来たら感知する蜘蛛なんて、巣を張ることで皮膚の感覚を広げているようなものですね。すごく不思議じゃないですか!そんなことを調べるうちに、僕がコウモリだったら、蚊だったら、蜘蛛だったらどんな感覚なのか、実験したくなったんです」
『Head Light(ヘッドライト)/ Personal Projection Mapping』という、まだどこでもやったことのない、初めての公開実験。プロジェクターを頭に乗せるので、見ている本人の頭の動きに合わせ、投影された映像も動くというパーソナルプロジェクションマッピングです。
「はたから見ていると、何が起きているのかわからないんです(笑)。その人の頭からヘッドライトのようなものが光っていて、ちょっと明るいなというぐらい。でも、ヘッドマウントプロジェクターをかぶっている本人には、映像が見えている…というおもしろい現象です。森に投影したプロジェクションマッピング映像に、音も加えて、ミツバチ、蜘蛛、ヘビ、コウモリ、モスキート(蚊)の視点で森を見て、感じてもらえる体験を作り出します。よく考えてみると、なってもうれしくない生物ばかりだけれど(笑)」
こうした実験をするなら研究室の中でやってもしょうがないという笠原さんが今回選んだのが、大好きな御殿山の森。木々や葉っぱに囲まれた環境が、この実験にはぴったりです。
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研究者としては、「研究していることと外の世界をどう橋渡しするか」が課題だと笠原さんは言います。
「研究所の中でしか体験できないということでは健康的ではない。外の世界に持ち出して、子どもたちがどう反応するかを観察したりするのが、実はすごく大事なことだと思っています。そういう意味でも、こうしたイベントでみなさんに体験してもらうのはありがたい機会です」
コンピュータテクノロジーの研究というインドアなイメージのものを、アウトドアに持ち出し、テクノロジーで物の見方や自然にあるものの見方を変えていきたいというアプローチです。
「御殿山の森を皮切りに、全国の森を制覇するぐらいの感じで!動物・昆虫の次は、もし僕が植物になったら…という視点もやってみたいですね」と笑う笠原さんは、私生活では5歳の女の子の父親。年齢制限なく、子どもたちにも楽しんでもらえるような、コンテンツ作りを目指しています。